コラム 佐々木泉顕弁護士「改正貸金業法の完全施行とヤミ金融」
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借金返済に苦しむ多重債務者対策として、本年6月18日に改正貸金業法が完全施行され、一連の改正が完了した。収入に応じて借り入れできる額を制限する総量規制によって借り過ぎを防止し、上限金利の引き下げによって借り主の負担を減らすことにより多重債務解決に期待する声も多い。
しかし、めでたし、めでたし、とはいかないように思える。
今回の総量規制によって、追加融資を受けられなくなる人が相当数発生することは間違いないのであり(約600万人か?)、必然的に借り主を通じて市中に出回る資金も減ることになって、個人消費が減少することは間違いないといってよく、景気の低迷にますます拍車をかけることになるであろう。
銀行が貸し渋っている今の日本では、銀行から冷たく融資を断られた零細企業は、社長個人が貸金業者から借りて会社の運転資金に回していることが多い。法人化していない個人事業主も貸金業者から事業資金を借り入れているケースが多く、改正貸金業法では救済措置として事業・収支・資金計画書の提出により年収の3分の1を超えても新たな借入ができるとしたが、新規貸付の可否は結局のところ個々の貸金業者の判断に委ねられており、果たして貸金業者が新規貸付を行うかは疑問である。
今回の総量規制により零細企業の資金繰りが悪化し、個人消費のみならず経済界全体に悪影響を及ぼす懸念がある。 -
さらに懸念されるのは明日の生活や資金繰りに行き詰まった人たちが、ヤミ金に走ることである。ヤミ金融いわゆるヤミ金とは、貸金業法に基づく登録を受けずに、違法に貸金業を営む業者のことであり、彼らは貸金業法を遵守する意識が全くないから、違法な金利での貸付を行ったり、借り手を精神的に追い詰めるような過剰な取り立てを行う者もいる。
ヤミ金も大きく変貌している。ヤミ金に対しては頑として譲らぬ対応を行うのが当事務所の基本方針であり、随分と電話でやりあったものであるが、その中でも7年ほど前、当事務所の若手弁護士が札幌弁護士会法律相談センターでヤミ金から借入を行っている多重債務者の事件を受任し、事務所全体がヤミ金からの嫌がらせに遭ったことがある。暴言を吐かれるなどは、ほんの序の口で、注文していないピザや寿司は届くし、電話が一斉に鳴り出して15分ほど外部との電話がつながらなくなり、最後は虚偽の火災通報をされて消防車と警察が来た経験がある。
その後下級審判例にて、ヤミ金の貸付契約は公序良俗に反して無効とされ、さらに、平成20年6月10日最高裁判例により、ヤミ金による貸付金は民法708条の不法原因給付であり、被害者からヤミ金への損害賠償請求では、貸付金を利益相殺しないことが確定した。これらの裁判例により、実質的にヤミ金融から借りた金は、元金も含めて返済する必要がなくなり、弁護士にとっては、ヤミ金融から返済を求められた場合に民事上の返済義務のないことを主張する強い武器となった。
さらに平成19年1月20日の改正貸金業法の一部施行によりヤミ金の刑事罰が従前の5年以下の懲役又は1000万円以下の罰金又はその併科から10年以下の懲役又は3000万円以下の罰金又はその併科に引き上げられ恐喝の罪と同等以上となり、刑事罰的にもヤミ金と戦う武器が揃ったといえ、最近では弁護士が介入したことを告げると、ほとんどのヤミ金は黙って引き下がるようになった。
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だが、彼らヤミ金が、このままおとなしく消え去ることはないようである。
近時、物腰は柔らかく、親身になって借主(特に主婦層)の話を聞き、場合によっては返済案を提案するソフトタイプのヤミ金が増加している。ソフトタイプといっても、金利は違法な高金利そのものであり、10日で30%、年1080%という貸金業法で定められた上限金利の54倍という場合がほとんどである。
さらに金貨や骨董品などの販売店が売買を装った事実上のヤミ金となって違法な収益を上げている換金ヤミ金も最近では増加している。
これだけ、姿や形を変えて、ヤミ金がはびこるということは、つまり、世の中にはどんなに法で規制しても、金を借りないとどうにもならない人がたくさんいるということであろう。
ある意味では、今回の改正貸金業法の完全施行は、銀行や貸金業法に基づく登録を受けた業者などの正規の貸主からは借りることができない借金難民の増加をもたらすだけになってしまう可能性がある。 -
金融庁は、「ヤミ金融からは、絶対に借りてはいけません!!」とPRに必死である。しかし、ヤミ金融からの借入を防ぐには、PRだけではなく、不況で収入が激減して、明日の社員の給料、明日の子供の遠足代、明日の生活費を借りられないでいる人たちをどのように救済するかを考えるのが先決であろう。
弁護士は、債務整理の依頼を受ければ、ヤミ金から督促を受けている人の支払義務を無くすことが出来るから、ある意味ではヤミ金被害者の救済に役立つといえるが、ヤミ金被害者に金を貸すことや生活を支えることなどは出来ない。
政府が借金難民が頼れる低金利での迅速な貸付が可能な貸付制度などを充実させる政策を早急に実現し、国民全体がヤミ金に依存しなくても済む日、ヤミ金が過去の遺物となる日が到来することを切に希望する。