顧問契約
民法改正に伴う留意点
平成29年6月2日に公布された改正民法(以下、「新民法」といいます。)が、令和2年4月1日より施行されます。新民法においては、個人根保証契約や消滅時効についても改正され、診療契約に係る債務の保証や、未収金の回収及び患者側からの損害賠償請求において変更点があります。
個人根保証契約について
旧民法では貸金等根保証契約(※1)にのみ適用のあった極度額の規制が個人根保証契約一般に拡張されました(新民法465条の2第1項)。かかる改正のポイントは次の2点です。
① 主債務が、一定の範囲に属する不特定の債務であること
② 確定的な極度額が定められていること
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①主債務が、一定の範囲に属する不特定の債務であることについて
診療契約に係る債務を保証する契約(例:入院時に将来発生する治療費について締結する保証契約)は、通常、当該患者との診療契約に基づいて生じる一切の債務を保証する趣旨で締結されると考えられます。かかる保証契約は、当該患者との診療契約という「一定の範囲に属」し、かつ一切の債務という「不特定の債務」を主債務として保証するものですので、保証人が個人の場合は、個人根保証契約に該当します。この場合は、②のとおり確定的な極度額を定める必要があります。
他方、診療契約終了後の診療費用等、既に発生した債務は、「不特定の債務」ではありませんので、かかる債務を保証する場合は、個人根保証契約に該当しません(例:退院時に既に発生した未収金について締結する保証契約)。この場合は、極度額の定めがなくとも、保証契約は無効とはなりません。
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②確定的な極度額が定められていることについて
個人根保証契約に該当する場合、保証人が負う責任につき極度額を定めなければならず、かかる定めがない場合は、当該個人根保証契約は無効とされます(新民法465条の2第2項)。
特に、極度額の規制を個人根保証一般に拡張した改正の趣旨は、個人根保証について、保証人の責任の上限を画する点にあります。そのため、個人根保証契約の極度額については、契約締結時に、確定的な金額を定めておく必要があり、確定的金額を定めなかった場合、極度額の定めがないものとして、当該個人根保証契約は無効とされます。
具体的には、誓約書等に、「極度額○○円の範囲で保証する」と定めた場合は、確定的金額の定めがあるといえます。
他方、「極度額○○円以上。」、「極度額○○円。但し、かかる金額を超えた場合はその額。」といった定め方の場合、結局、将来において極度額が変動しうるため、確定的とはいえず、極度額の定めがないものとして、当該個人根保証契約は無効となります。
なお、極度額の額自体は、原則的に当事者の合意で自由に定めることができます。もっとも、発生が見込まれる債務額に比してあまりに過大な金額を定めた場合には、公序良俗や信義則違反等により無効とされる可能性があります。
具体的な額は、入院費用等の回収という観点からしますと、見込まれる入院費用や月数を前提に患者ごとに個別に定める必要があると考えます。もっとも、高額な極度額は連帯保証人となる者が承諾しない、という事実上の問題も考えられます。
かかる観点からしますと、一般的に見込まれる入院費用の3か月分程度に相当する額(前述の通り「極度額○○円」として確定した金額を明記する必要があります。)あるいは100万円程度(当事務所のこれまでの治療費未収債権徴収の経験に照らして、この程度が妥当と考えられます)で、一律に定めるという方法も考えられます。
もちろん、見込まれる入院費用や月数を前提に、個別に極度額を定めることは排除されませんし、その場合に、3か月分相当額や100万円といった基準に拘束されることもありません。
※1
主債務に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(いわゆる「貸金等債務」)が含まれる個人根保証契約をいいます(旧民法465条の2第1項)。
消滅時効について
消滅時効については、次の2点が改正のポイントとなります。
① 短期消滅時効の規定の削除
② 人の生命又は身体を侵害した場合の損害賠償請求権の消滅時効期間の変更
- ①短期消滅時効の規定の削除
旧民法では、診療及び調剤に関する債権の消滅時効は、3年とされておりましたが(旧民法170条1号)、この短期消滅時効の規定が削除されました。新民法では、権利行使可能と知った時から5年または権利行使可能な時から10年となります(新民法166条1項)。そのため、未収金回収のための期間が延長されたといえます。
- ②人の生命又は身体を侵害した場合の損害賠償請求権の消滅時効期間の変更
旧民法では、人の生命又は身体を侵害した場合、診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求の場合は、消滅時効期間は10年であり(旧民法167条1項)、不法行為に基づく損害賠償請求権の場合は、損害および加害者を知った時から3年または不法行為の時から20年とされていました(旧民法724条)。
新民法では、債務不履行の場合は、権利行使可能と知った時から5年または権利行使可能な時から20年となり(新民法166条、167条)、不法行為の場合も、損害及び加害者を知った時から5年または不法行為の時から20年とされました(新民法724条、724条の2)。そのため、医療過誤における損害賠償請求権の時効期間が、債務不履行による場合と不法行為による場合とで統一されたといえます。
以上