平成24年度第4回札医学術講演会
医師が使用者として責任を負う場合
~看護師に対する監督責任など~
講演から一部抜粋
使用者である医療機関や医師に課される義務には、以下のものがある。
1 患者との関係で、医療事故防止のために安全な医療を行う義務
① 医療水準に則した医療の実施
② 患者の自己決定権を侵害しないこと
2 個人情報の取り扱いに留意して、患者のプライバシー権を守る義務
3 勤務する医師や看護師が上記の義務を守るように指導監督すべき義務
4 使用者として、労働者である医師や看護師の安全を守る義務(給料を支払うだけではダメ!)
雇用している医師、看護師、薬剤師の行為について使用者が責任を負う法的根拠は、以下のとおり整理される。
1、医師の履行補助者としての責任
→履行補助者である看護師の行為に過失がある場合、使用者は、診療契約に基づく責任を負う(民法415条)。
看護師本人は、診療契約の当事者ではないから、看護師自身に過失があっても、看護師本人が被告となることはない
2、不法行為責任
→看護師の行為に過失があり不法行為責任を負う場合には、雇用している医療機関は使用者責任を負う(民法715条)。不法行為責任は、契約当事者以外も対象となるから看護師本人も被告となりうる。
医療側と患者側の認識には、多くの点についてズレが存在し、そのことが医事紛争発生の原因となる場合が少なくない。医療スタッフ間におけるコミュニケーションについては、以下のようなズレはないであろうか。
医療側→診療に必要なコミュニケーションは取れているはずが・・・・・・・・
患者側→病院は、医師も、看護師も全員一丸となって患者のために治療を行っている。看護師は相互に緊密に情報交換し、常時かつ迅速に医師へ報告を行っている。医師は、看護師からの報告で常に患者の状態を把握している。
患者側からすれば、平成11年1月に横浜市立大学附属病院で起きた患者取り違え事故は、多数の医療従事者が関与しながら誰も気付かなかったではないか? 平成11年2月に都立広尾病院では、別の看護師が誤って準備した消毒液を、他の看護師が確認もせずに点滴しているではないか?基本的に医師は、多くのことを看護師任せにしすぎではないのか? との疑問が生じるのも無理からぬところである。
看護師の注意義務については、保助看法や看護者の倫理網領等に特段その具体的な根拠条文が存在するわけではないが、最高裁判所は、「およそ人の生命・身体に危害を生ずるおそれのあるいわゆる危険業務に従事する者は、その業務の性質に照らし危害を防止するため法律上・慣習上もしくは条理上必要なる一切の注意をなすべき業務を負担するものであって、法令上明文のない場合といえどもこの義務を免れるべきものではないと解すべきである」と判示している(最決昭37.12.28刑集16.12.1752)。
手術後、当直の看護師において適切な対応をしていれば、患者の救命は可能であったところ、当直の看護師が当直医に容態の急変を報告しなかったため手遅れとなり救命できなかったという事案において、当直の看護師は、主治医から、患者の容態に変化があれば直ちに当直医に報告するよう指示を受けていなかったとしても、かかる事態が生じれば当然に当直の医師に報告するべきであったとし、具体的な指示を行わなかった主治医の責任を否定した(大阪地裁平成11年2月25日判決)。看護師に課されている注意義務が高度のものであって、医師の指示に漫然と従っているだけではダメなこと、そして当直医に遠慮することなく報告することの指導が肝要である。病棟に、当直医を遠慮無く叩き起こすことができるベテラン看護師がいるかいないかでは、患者の救命可能性は変わるのである。
褥瘡については、
医師側の思い→「褥瘡は看護の恥」であり、予防や治療は看護師の仕事である。
看護師の思い→褥瘡が発生したけど、医師には報告しづらい。
すぐに治癒する程度なら、報告は不要では・・
患者の思い→褥瘡が発生したことを医師が知らないなんてことがあるの!
すべての治療は医師が行うべきではないのか!
褥瘡が発生しても、医療水準に則した体位変換等の予防措置をとっていれば、褥瘡発生そのものについて責任を問われることはない。
褥瘡の措置には必ず医師の関与を要するものでもない。
しかし、褥瘡発生について、看護師が医師への報告を怠り、医師が知らない間に、褥瘡が悪化した場合には、褥瘡発生後の対応に問題があるとされることに留意すべきである。
針刺し事故防止については、以下のような看護師への指示徹底が必要である。
1 採血前後の体調確認
2 痛みがあれば告知して欲しい旨の要請
3 強い放散痛、電撃痛を訴えたら直ちに抜去
4 発汗異常、皮膚温の異常、灼熱感等、少しでも違和感、感覚異常があればすぐに来院するよう指示する
5 少しの刺激でも痛みを感じやすいなどの異常痛を訴えたら整形外科・神経内科・ペインクリニックを紹介する
6 説明内容の診療録への記載
*看護師からの、ただ「様子を見てください。」のコメントは最悪なのである。
患者の転倒・転落事故についての責任は①医療機関の施設面での安全性と②患者の状態から予想される危険性との2点から考えられる.
①については病院内の器具設備や施設面で通常備えるべき安全性を欠いており、そのことから事故が生じたときは医療機関側は責任を免れない。したがって、医療機関側としては器具設備や施設の安全性を確保することが最大の対策となるから、器具設備や施設の安全性を定期的に点検することが要求される。
②については、事例研究を含めた研修が不可欠となるが、多発性脳梗塞の治療のため入院していた高齢の患者Eが、看護師に付き添われトイレに行き、その後「一人で帰れる。大丈夫。」と言って一人で病室に戻った際に病室内で転倒し、急性硬膜下血腫により死亡した事案について、看護師の責任が肯定された例もあり、患者がいいからと言っても免責されないことを指導する必要がある。
転倒事故については、事故前に実際に転倒があったことや、転倒を予見させるような出来事があった場合には医療機関側の過失を認める傾向がある。
認知症・せん妄などにより、ナースコールを押すようにとの看護師による指導の効果がない場合等も同様である。
院内における医療者相互間のコミュニケーションが必要となる
(ここまでのまとめ)
1 診療補助、療養上の世話のいずれについても、医療者間のコミュニケーションは実に重要であること。
2 緊急時に限られることなく、医師への報告は緊密にすること。
3 医師が知らないということが、紛争発生時には問題となること
患者の個人情報の保護については、
1 個人情報保護法23条との関係
2 秘密漏示罪(刑法134条1項)との関係
3 個人のプライバシー権との関係(侵害した場合には不法行為となる。)の問題があり、上記について、病院職員に指導監督を徹底することが重要である。
医師は、診療情報を患者の家族にどこまで伝えるべきかが問題となる事例に直面する場合が多い。たとえば、A男とB女の間には、未成年者である子供(C)が1人いるが、現在ABは別居しており、CはBと同居している。Cはクリニックで長期間受診継続しているが、Aからクリニック医師に対して、Cの症状を教えて欲しいとの依頼があった。医師がBに同意を求めたところ、Bは自分からAに説明するので、Aには説明しないで欲しいと希望したという場合、医師は、どのように対応すべきであろうか。
また、患者は平成14年8月14日、A社で稼働中に、他の従業員が運搬中に落下させたプラスチック製の箱が頭部に当たり、頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を負った。Bクリニックの治療後、同年9月13日から治療をしたY病院の医師は、遷延するXの症状の原因が本件事故よりは、加齢によるものだと判断した。この事案で、Y病院医師が、A社の担当者から、Xの症状について質問された場合、Y病院医師はどのように対応すべきであろうか?
また、裁判所から文書送付嘱託がなされた場合はどうか
刑事訴訟法197条2項に基づく捜査照会に対する回答の要否についてもよく質問されるところである。最高裁第一小法廷平成17年7月19日決定は、治療目的で救急患者から尿を採取して薬物検査をした医師が警察に通報した行為について、「医師が、必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって、医師の守秘義務に違反しないというべきである。」とした。最高裁が、医師が捜査機関に協力することの公益性を認めて正当行為と評価していることから判断すると、裁判所からの文書送付嘱託への回答する行為と同じく、患者のプライバシー権を侵害する不法行為にはならないものと考える。
しかし、捜査機関から書面での「患者照会」があったからといって、医師に、これに対して、必ず協力しなければならない義務が生じるわけではない。
捜査機関に協力することで、患者とトラブルに巻き込まれる可能性が著しく高いのであれば協力しないという選択を考慮することも考えてよい。
いずれにせよ、照会は、必ず書面でもらうことが重要である。
病院は労働契約法(平成20年3月1日施行)、医師や看護師に対する安全配慮義務を負っている。労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定している。院内暴力が発生したときは、被害に遭った個人の問題としてだけではなく、病院が組織として毅然として対応する必要がある。被害に遭ったのは個人であっても院内暴力自体は病院に向けられたものであり、その排除は病院が組織として取り組まなければならない。給料を支払うだけではダメであり、使用者として安全配慮義務があることを肝に銘じる必要がある。
医師にとっては、義務のみが増加するような大変厳しい世の中ですが、患者にとっては医師が頼りですので、病院関係者全員一丸となって地域医療のためにご尽力いただきたい。