札幌医科大学附属病院 医療に係る安全管理のための職員研修
医療機関における危機管理
~現実の事例から学ぶ紛争解決法~
講演から一部抜粋
危機管理には2種類ある
1 クライシスマネジメント
危機事態の発生後の対処方法
2 リスクマネジメント
危機事態の発生を予防するためのリスクの分析方法
医療機関における具体的な危機とは?
1、医療関係者が刑事事件の対象となり、被疑者または被告人となったり、逮捕される。→福島県立大野病院の産婦人科医の事件
2、医療関係者が行政処分を受ける。→医師免許停止等
3、医療関係者が民事の損害賠償請求を受ける。→被告となるが医師賠償責任保険で対応可能
4、患者やその家族らが病院内で暴れたり、病室を不法に占拠することなどによって病院の平穏が害される。→院内暴力、モンスター患者問題
5、上記1ないし4その他ネットでの中傷等で医療機関の社会的評価が低下する
1999年1月に起きた横浜市立大学病院の患者取り違え手術による医療事故発生以来、つぎつぎに起った大病院の医療事故が報道された。
このような状況の中で医療界(医師、看護師、薬剤師、技術者その他の医療従事者を含む)全体の信頼が揺らいでいる。
いま社会的に最も求められていることは、患者に対する安全な医療の提供であり、それは医療界のリスクマネジメント(危機管理)である。
医療はそれまで人々に安全と思われていたが、1999年に起きた二つの医療事故により、医療に対する安心感が失われ、さらに権利意識の高揚と相まって、自身が受けた診療の詳細に関心を持つ人々が増え、疑問の残る医療事故については医師の過失を疑うケースが増加した。医療はそれまで人々に安全と思われていたが、二つの事故により、医療に対する安心感が失われ、さらに権利意識の高揚と相まって、自身が受けた診療の詳細に関心を持つ人々が増え、疑問の残る医療事故については医師の過失を疑うケースが増加した。
1999年以降「医療不信」といった言葉がメディアで多く取り上げられて以降、2004年を境にメディアの論調が大きく変わり、医療現場、特に産科・救急の現場を中心に無理が生じているという「医療崩壊」が叫ばれるようになっている。
医療を巡る世間の動向はこの10数年の間に大きく揺れ動いている。
そもそも医療行為は、一定の効果がもたらされるとの期待のもとに実施されるが、患者にとって、絶対に安全な医療行為など、およそあり得ない。
医療行為を行う医師は、常に、当該医療行為によってもたらされるであろう効果と、これに伴って生じるであろう危険等を比較衡量した上で、当該医療行為を行うか否か、行うとすればどのような方法で行うかを判断しなければならない。しかも、医師は、この判断を刻々と生じる患者の状態の変化に対応しつつ、かつ、極めて短時間のうちに行わなければならない。
さらに、患者は、二人として同じ存在ではないので、このような医師による判断は定式化することは、困難であると同時に、適切でもない。
無理に定式化しようとすれば、医療はその目的を十分に達成することができなくなってしまう。医療の目的を十分に達成させるためには、医師に対して、萎縮することなく、その専門的な知見に基づいてこれらの判断を行うことができること、すなわち、医師個人の判断・処置を最大限尊重するという、「医師の裁量権を保障する」ことが必要であるといえる。
しかし、現代社会では、専門家すなわちプロは、素人が理解できる、素人でも納得できる内容の仕事をしなければならないのであって、その意味では「医療水準」という概念は、「法律的批判に耐えうる医療水準」と考えざるを得ない。
現実に訴訟となった場合、医学に素人である裁判官は、医薬品の投与については、当該医薬品の添付文書の記載内容を重視するし、治療法については文献や学会の論文を重視する傾向があることに留意する必要がある。
従って、治療行為、医薬品の投与に関し、医療水準について争われた時のことを意識する必要がある。実際には、目の前の患者を治療するだけで精一杯かもしれないが、リスクマネージメントのためには必要なことである。
また、法令を遵守していることを明確にしておくことが必要である。
「昔からこうだった。」は医療の世界でも通用しない。
裁判所が大学附属病院の臨床研修医も労働基準法9条の労働者であるとしたように、本人の意思、慣習よりも、研修の客観的状況により判断される。平成19年4月、第5次医療法改正が施行され、これまで施行規則で規定されていた医療安全に係る事項が、法律の条文で明記されることになった。合わせて、病院、有床診療所に義務づけられていた「医療安全管理指針」の整備等の対策が無床診療所にも義務づけられることになったし、さらに、院内感染対策、医薬品の安全確保など、指針に盛り込むべき事項も追加されている。
従って、医療安全体制を目に見える形にして整備すること、指針の整備、研修会の実施などにより、医療事故発生防止のために努力していることを形づけておくことが必要である。
診療行為においては、患者の自己決定権を侵害しないことに注意する必要がある。これは、患者は治療の容体ではないのであって、医師は人間を治療していることから導かれる。患者が人間である以上、医師は患者の人格を尊重し、患者の同意を得て治療を行う必要があることを忘れてはならない。
従来から医療を支えてきた父権主義は、現在では裁判所にはほとんど受け入れられず、患者は自分の疾患の治療を医師からの十分な説明のもとで多数の治療法の中から自分で選択する権利があり、医師はその選択のために必要な情報を患者に提供しなければならないのである。
説明義務の内容は、以下のとおりである。
ア 患者の病状
イ 医師が必要と考える医療行為の名称
ウ 医療行為の目的、必要性、方法、内容
エ 期待される効果と限界
オ 予測される合併症と危険性
カ 合併症が発生した場合に予測される症状の推移結果およびこれに付随する危険性
キ 代替的治療法がある場合の内容、利害得失
ク その他、予測できない緊急事態等
医師の説明義務の関係では、診療記録の正確かつ詳細な記載ということがリスクマネジメントにとって非常に重要なことである。
1 (医師の見方)
患者の症状に異常があれば、カルテに記載はしているので、カルテには 記載しない場合には、異常なしということである。
説明したことまでは、カルテに記載していないが、毎日きちんと説明を している。
2 (裁判所の見方)
カルテに記載していないのは、医師が異常を見落としているのではないか
説明したという記載がないのは、医師が説明をしていないのではないか。
「説明についてカルテにほとんど記載していないような場合」、患者へ説明したこと、同意を得たことについて、その後に起きたことだと主張しても、それを証明する手段がないわけであるから、裁判官も容易には納得してくれない。
↓
医療機関側代理人泣かせの事案である。
ようやく手技ミスがないこと、不可避的な合併症であることを納得してもらったのに・・・・・・・
患者への説明、承諾は、即時、証拠として使える形で残す必要がある。
↓
次の患者が待っているときに、そんな時間はないかもしれないが、説明書面を工夫するなどして時間短縮を図る努力をすべきである。
↓
話すこと+説明書面が必須である。
患者の転倒事故の防止も重要な課題である。
以下の事例について、どのように考えるべきであろうか。
「勤務先で首の周りが蕁麻疹ではないかと言われた患者(女性)が休日診療所を受診し、診察室へ向かう途中気持ちが悪くなったため、看護師が体を支えて廊下にある丸椅子に座らせ、看護師が医師に声を掛けたところ、「ちょっと待って」と言われたため、医師の作業が終わるのを待っていた。その後看護師が診察室に入ったところ、ゴーンと音がした。
看護師が振り返ると、患者が前のめりに床面に転倒し、右前頭部を床面で打ち、挫傷のため出血していたため、救急車で他病院へ搬送され、縫合処置を受け、顔面挫創頸部挫傷の傷害を負った。
患者は、看護師及び医師の注意義務違反診療所の設備上の安全配慮義務違反があったとして300万円の損害賠償請求訴訟を提起した。」
1、看護師は患者の体調等に対してどのような配慮をすべきか?
2、患者の意識喪失について、医師、看護師は予見可能性があったといえるか?
3、患者を丸椅子に座らせたことに過失はあるか?
一般に、転倒は患者側の要因と環境側の要因が複合して起きる。脳梗塞を起こした患者、足腰などに障害がある患者、高齢の患者などでは、看護師が付き添わないと転倒の危険があることが予見され、看護師が付き添わず転倒事故が発生した場合に病院の責任を認めた裁判例が多数あるので、留意すべきである。
不幸にも医療事故が発生した場合、事故発生後の患者側への説明内容はどのようにすべきであろうか。
1 現状に至るまでの時系列に沿った説明と現在の対処内容
2 説明時点での診断、見解。
但し、後に違った診断や見解になることも話しておくべきである。
3 現状が一段落するであろう時期の見通し
*注意事項 不明な点は「わからない」と明言する。
根拠のない推論は述べない
事実の隠蔽はしない。
死亡事案の場合には解剖を勧める。
4 説明の際は、議論して相手に勝とうと思うな。負けなければよい。
医療事故が発生し、原因が不明な段階では、以下のように発言することが望ましい。
「結果については誠に残念です。
現在、院外の専門医の意見も聞いて全力で
原因を調べております。原因が分かり次第、
その都度ご報告させて頂きます。」
以下の発言の問題点はどこにあるだろうか?
「私どもの力不足で申し訳ありません。
補償は必ずさせていただきますし、2、3日
以内に今後についてご説明させて頂きます。」
医療事故が発生した場合、謝罪文を書くことや医療費の減免について、医療側と患者側との間で認識に大きなズレがある。医療側の善意が裏目に出てしまうことも多いから、事前に弁護士に相談することが肝要である。
医療側→発生した結果について、申し訳なく思う気持ちを患者側に伝えただけに過ぎない。
患者側→責任がないのなら謝罪文など書くはずがない。裁判で重要な証拠として使える。
医療側→合併症、院内感染について患者さんへのお見舞いの気持ちとして、患者さんの自己負担分を減免するのは病院の好意、誠意の表れである。
患者側→過失がないのに治療費を減免するはずがない。
外来モンスター患者に対しては、当事務所では以下の方法により解決している。入院患者についても病室からの強制退去を認めた裁判例が存在する。
解決できない事件などこの世の中に存在しない。モンスター患者対応を特定の職員に押しつけて放置しておくことは、使用者としての医療機関としては極めて無責任である。
1 毅然とした対応(院内の意思統一)
2 院内規則の表示
3 建物管理者名で建物、敷地内への立入禁止命令書の送付→意外と効果がある。
4 立入禁止、面談交渉禁止仮処分命令申立
5 警察との連携で刑事事件にする(建造物侵入罪)
6 ネット上のクレームには、プロバイダ責任制限法による削除要求で対応
(最後に)
医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし~(医療法第1条の2)
医師、歯科医師、薬剤師その他の医療の担い手は、第1条の2に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適正な医療を行うよう努めなければならない(医療法第1条の4)。
病院が医療法の理念を実現して良い医療を提供するには、ここで働く者全員にとって病院の職場環境が健全なものでなくてはならない。
セクハラやパワハラの違法行為がはびこり、職員がモンスター患者に怯え、医療事故が続発するような職場で、良い医療の提供が可能なはずがない。
医療側にとっては大変厳しい世の中ですが、病院関係者全員一丸となって地域医療のためにご尽力いただきたい。