平成23年度第4回札医学術講演会
病院内の各種事故、院内暴力、モンスター患者対策
講演から一部抜粋
医師に課せられる義務は、患者との関係で、医療事故防止のために安全な医療を行う義務、具体的には、医療水準に則した医療の実施と、患者の自己決定権を侵害しないという義務があるが、さらに勤務する医師や看護師との関係で、労働者の安全を配慮すべき義務がある。医療事故とは、「医療に関する場所で医療の全過程において発生する人身事故一切を包含し、医療従事者が被害者である場合や廊下で転倒した場合なども含む」と定義されている。医療事故は、法的責任が発生するか否かとは関係なく、主として医療安全の観点から概念付けされている。
医療事故が発生した場合、当該医師や看護職に「注意義務違反(過失)」があったといえるかどうかが問題となる。注意義務は、危険(違法)な結果が発生することを予見する義務と、危険(違法)な結果の発生を回避する義務の2つのレベルに分けられるが、看護職は、事故当時の臨床看護における看護知識及び技術の水準を基準として、結果が発生することを予見し、また結果が生じることを回避すべき義務を負っている。
診療行為の主体となるのは医師であり、看護師が診療の補助を行う場合には、医師の指示があることが前提となる。したがって、診療の補助業務を行うに当たり、その具体的な内容は医師の指示によって決定されていることになるので、看護師は、医師の指示に従っていれば、原則として注意義務違反を問われることはないはずである。
しかし、手術後、当直の看護師において適切な対応をしていれば、患者の救命は可能であったところ、当直の看護師が当直医に容態の急変を報告しなかったため手遅れとなり救命できなかったという事案において、当直の看護師は、主治医から、患者の容態に変化があれば直ちに当直医に報告するよう指示を受けていなかったとしても、かかる事態が生じれば当然に当直の医師に報告するべきであったとし、具体的な指示を行わなかった主治医の責任を否定した(大阪地裁平成11年2月25日判決)。診療行為の補助業務に際しても、看護師は黙って医師の指示に従っていれば良いというわけではないのである。
患者の転倒・転落事故についての責任は、①医療機関の施設面での安全性と②患者の状態から予想される危険性との2点から考えられる。
①については病院内の器具設備や施設面で通常備えるべき安全性を欠いており、そのことから事故が生じたときは医療機関側は責任を免れない。したがって、医療機関側としては器具設備や施設の安全性を確保することが最大の対策となるから、器具設備や施設の安全性を定期的に点検することが要求される。
勤務先で首の周りが蕁麻疹ではないかと言われた患者(女性)が休日診療所を受診し、診察室へ向かう途中気持ちが悪くなったため、看護師が体を支えて廊下にある丸椅子に座らせ、看護師が医師に声を掛けたところ、「ちょっと待って」と言われたため、医師の作業が終わるのを待っていた。その後看護師が診察室に入ったところ、ゴーンと音がした。看護師が振り返ると、患者が前のめりに床面に転倒し、右前頭部を床面で打ち、挫傷のため出血していたため、救急車で他病院へ搬送され、縫合処置を受け、顔面挫創頸部挫傷の傷害を負った。
患者は、看護師及び医師の注意義務違反、診療所の設備上の安全配慮義務違反があったとて300万円の損害賠償請求訴訟を提起したという事案がある。
この事案では、①看護師は患者の体調等に対してどのような配慮をすべきか、②患者の意識喪失について、医師、看護師は予見可能性があったといえるか、③患者を丸椅子に座らせたことに過失はあるか、ということが争点となった。
裁判所は、当時の患者の状態から考えると、転倒についての予見可能性はないし、丸椅子自体に器具設備としての問題はないと判示した。
幼児Dが、同じく入院中の兄の病室(5階)に遊びに行き、窓に接して置かれたベッドの上で遊んでいた時に、ベッドの上で立ち上がろうとして窓に取り付けられた網戸に手をかけたところ、網戸が外れて当該幼児は約15m下の地上に転落し死亡した事案では、裁判所は、ベッドが事故発生の6時間以上前から窓に接着して置かれていたにもかかわらず、そのことに注意を払っていないことについて、医師及び看護師の注意義務違反を認めている。
一般に、転倒は患者側の要因と環境側の要因が複合して発生する。脳梗塞を起こした患者、足腰などに障害がある患者、高齢の患者などでは、看護師が付き添わないと転倒の危険があることが予見され、看護師が付き添わず転倒事故が発生した場合に病院の責任を認めた裁判例が多数あるし、幼児の場合についても、裁判所は成人に対する場合よりも医療機関に重い注意義務を課す傾向が見られる。
また転倒事故については、事故前に実際に転倒があったことや、転倒を予見させるような出来事があった場合には医療機関側の過失を認める傾向がある。認知症・せん妄などにより、ナースコールを押すようにとの看護師による指導の効果がない場合等も同様である。院内における医療者相互間のコミュニケーションが必要となる。
患者(4歳児)は、伝染性単核症にり患して入院中であり、頸部周辺のリンパ組織が著しく腫大し、これに伴い気管支粘膜下におけるリンパ組織が増生・浮腫性変化し、気道が高度に狭窄した状態にありました。看護師は病室に朝食を持参しバナナの皮をむいてやったものの、患者が食事に手を付ける様子がなかったことからナースステーションに戻ったところ、10分後に様子を見に行くと患者が当該バナナを喉に詰まらせていたという事案がある。
病院側は、①患者の誤嚥は予測困難だった。②患者は前日にも問題なくバナナを食べており、実際事故の際も解剖の結果バナナの一部は嚥下できていた。③食物摂取を禁止していれば誤嚥は生じなかったかもしれないが、消化器系の危険な病気以外では点滴に頼らず経口摂取により栄養をとることが臨床治療の大原則である。④吸引後もバナナが咽喉部に残っていることは予測できなかったと主張したが、裁判所は、担当看護師は患者の当時の具体的症状及び当該症状に基づく誤嚥の危険を知っていたとは認定できない、として看護師の過失を否定したものの、担当医師については単に五分粥・五分菜の幼児食を指示するのみでなく、誤嚥を防止するための具体的な指示をすべきであった、として病院側の過失を認定した 。
誤嚥に関する事故において医師や看護師に認定された過失としては、誤嚥の原因となる食べ物を与えた過失、食べ物を与える際に食事の方法に配慮すべきであるのにこれを怠った過失、頻回の見守りを怠った過失、誤嚥が発生した際の救急措置を誤った過失等がある。患者の回復にとって経口摂取は必要なものである、気管に何らかの異常が生じている等、誤嚥を生じやすい状態にある患者(過失の要件である誤嚥の予見可能性が肯定されやすいといえる。)については特に、食事の内容を工夫したり十分な見守りを行う等の対応が必要となる。
院内暴力とは、以下のものである。
ア 身体的暴力
殴る、叩く、蹴る、突く、押す、噛む
イ 精神的暴力
言葉の暴力、いじめ、セクシュアル・ハラスメント、その他の嫌がらせ
有職者の一部には、「病院の対応が不十分だから医療不信を招いている。まずは誠実な医療を行うのが先だ」などという論調で、あたかも医療者は当面は暴力・暴言に耐えるべきだとでも言わんばかりの発言をする人もいる。
まるで、「家庭内暴力を阻止するより先に妻が誠実に対応すべき」「民事介入暴力を阻止するより先にまず借金を返すべき」とでも言うかのようである。
かような医療の不誠実さを前提とした論調自体に問題があるが、この点はさておいて、暴力・暴言と誠実な医療を関連づけること自体が不当なことは明らかである。なぜなら、暴力・暴言は社会の最低限ルールにすら違反しているものだからである。
院内暴力が発生したときは、 被害に遭った個人の問題としてだけではなく、病院が組織として毅然として対応する必要がある。 被害に遭ったのは個人であっても院内暴力自体は病院に向けられたものであり、その排除は病院が組織として取り組まなければならないのである。
病院は労働契約法5条により、医師や看護師に対する安全配慮義務を負っている。労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定されている。
医療の提供は、医療に専念できる環境の下で行われることが必要であり、これを阻害する暴力は、断固、排除しなければならない。
また、暴力は病院職員等の基本的人権を侵害する行為であり、安全と健康を損なうものであることから、毅然とした姿勢で取り組むことが必要である。
故意や悪意ある暴力行為は、犯罪である。如何なる理由であろうとも許されない決意が必要である。適切に対応しなければ、職員の委縮・離職、模倣患者の増加、悪評の伝播が派生し、結果として病院崩壊となる。職員は、組織(病院)で守らなければならないのである。
対応の基本は以下のとおりである。
ア 単独で対応しない、させない、組織対応を徹底する。
イ 怒りの根源を聞き取る、興奮が収まるまで反論しない。
ウ 動静と間合いに配慮し、暴力を振るう動作を推測する。
エ あわてない、危険を感じたら退避する。
オ 迅速な発生報告と記録を残す。
5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうやって)
医師法19条は絶対なのであろうか。医師法19条1項の立法趣旨は、医師の職務の公共性に基づき、国民の健康な生活の確保を目的とするものであるから、診療を拒否しても直ちに患者の生命身体に影響を及ぼす危険がない場合は、本来同項の射程外であろう。医療は、医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係を前提とするものであり(医療法1条の2第1項)、また医療機関と患者との間で締結される診療契約は民法上の準委任契約であるが、委任契約というのは、両者の間に信頼関係が存在することを前提とする契約である。
患者側には契約当事者として診療に協力する信義則上の義務があるから、この協力義務に違反して医療行為を妨害するような行為をする患者との間では信頼関係を維持することはおよそ不可能であり、契約締結拒否または契約解除が許されるのは当然である。従って、①患者側の行為によって信頼関係が著しく損なわれ、②かつ、診療を拒否しても直ちに患者の生命身体に影響を及ぼす危険がない場合には、医師法19条1項の「正当な事由」に当たり、診療拒否は許されると考える。
最近の悪質な患者の事案としては、突然過去(5年くらい前)の診療行為についてクレームをつける例や、医師や看護師、窓口職員の些細な言動についてクレームをつけるという事案があるが、弁護士名による内容証明郵便発送で解決する事案がほとんどであり、その他の悪質な患者についても警察と連携したり、裁判所の法的手続きを利用して対応し、すべて解決している。日本は法治国家であり、解決できない事件など存在しない。解決しないのは、解決できないのではなく、医療機関が本気で解決しようとしないだけなのである。
札幌には、大病院の多くで名前が知れ渡っているモンスター患者が1名おり、半年に一度くらいの割合で当事務所に対応の依頼がある。最近では大病院では名前を知られてしまったので、中堅病院やクリニックを受診しており、医療機関にとっては実に迷惑なことである。因縁や言いがかりなどというものは付けようと思えば何とでもなるものであり、医療機関の誠実対応が裏目に出る場合も多い。モンスター患者対応については、対応の経験の多さが必要となるので、自分たちだけで悩まずに遠慮無く相談して欲しい。