平成25年度共済組合事務主管課長会議講演
自治体における危機管理対策
~現実の事例から学ぶ対応方法~
講演から一部抜粋
コンプライアンスとは何か?
コンプライアンス(compliance)とは「法令遵守」を意味する用語であるが、たんに、法令違反を犯さないことだけを意味するものではない。
「法令」は、法律や政令・省令のみでなく、業界のルールや企業倫理をも含めた広い意味で用いられている。企業の目的は利益の追求であるが、利益のためなら何をしてもよいというわけではない。企業が違法行為や反社会的行為を行って、消費者や社会の信頼を失う事態が頻発したことから、企業の社会的責任(CSR=Corporate Social Responsibility)が求められるようになった。
また、反社会的勢力の排除も重要課題である。
自治体にとって法令遵守は当然か?
地方自治法第1条の2、第1項 「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」
同条第2項
「普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。」
同条第16項
「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない。」
地方公務員法第32条
「職員は、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」
自治体は企業以上に重い社会的責任を担う存在なのであり、コンプライアンス違反が生じないように常に最大限の注意を払わなければならない。具体的なコンプライアンスの内容は以下のものとなる。
① 説明責任を果たすこと
(行政機関の保有する情報の公開に関する法律第1条参照)
② 公平、中立な対応
③ 事実の隠蔽をしないこと
④ 住民の信頼を損なわないこと
⑤ 住民のためになることを行動原理とすること
危機管理には2種類ある
1 リスクマネジメント
危機事態の発生を予防するためのリスクの分析方法
→危機を予測し、防止策を実施することにより発生の確率を低くしたり、発生した場合の損失を少なくする
2 クライシスマネジメント
危機事態の発生後の対処方法
→速やかな対応により、被害を最小限度にとどめる
危機管理を時系列的に見ると以下のようになる。
1 平常時
① 予防策を立てること
② 職員に対して危機管理の意識と知識を浸透させる
2 緊急時
対策をとっていても事件は発生するので、発生した場合の被害をいかに最小限にとどめるか
事件発生の場合の迅速な説明責任を果たすこと等により、信用失墜を少なくすること
3 収束時
再発防止策や責任の所在を明らかにすること、従って、十分な調査、検証を行い、場合によっては第三者委員会を設置して検証することが必要である。
自治体における危機とは?
1 自然災害、人為的災害危機
2 自治体で起きる事故
① 職員の行為に起因するもの→職員の不祥事発生時
汚職、官製談合、公金着服、セクハラ、パワハラ
② 自治体の施設で起きるもの→事故発生時
道路、学校での事故
③ 自治体の業務に関して起きるもの
モンスタークレーマーが出現した時、住民訴訟を提起された時、不当要求行為があった時
危機管理においてマスコミ対応は重要な位置を占める。
マスコミは、市町村を権力、強者と位置づけ、住民を弱者として報道しがちであるが、市町村は権力といえるのであろうか?職員にとって、そのような実感はあるであろうか?私には、住民のために事務、それも庶務を処理する役割を果たしているだけのように考える。
記者発表、記者会見はどのタイミングで行うべきかは実に悩ましい問題である。また、真実はどこまで公表すべきかも問題となるが、記者会見の場で、市町村が把握していた事実を公表しないと、後日、隠蔽したと非難されることに注意する必要がある。
マスコミ対応において、窓口の一本化を図ることが必要であり、窓口は総務課長等としておいて、記者会見の場には首長自らが出席することが必要である。 記者会見の場では、不明なことは不明であると明言し、曖昧な回答はしないことが必要となる。窓口以外の職員はマスコミからの質問に対して一切回答しないように注意しておくことも忘れてはならない。
これからは、市町村も被告となることが増えると思われるが、訴状が届いても驚く必要はない。呼出状の口頭弁論期日には、市町村長本人が必ず出頭しなければならないわけではないし、指定された口頭弁論期日の1週間前までに詳細な答弁をまとめて提出しなければならないわけでもない。このことは機会があるごとに説明しているのだが、やはり、裁判所から呼び出し状や訴状が届くと大抵の方は驚くようである。
北海道内の市町村であっても、東京地裁や大阪地裁から呼び出し状が届くこともあるが、基本的には北海道内の裁判所で審理してもらうことが可能である。民事訴訟法上は被告の所在地を管轄する裁判所で訴訟を行うことが原則だからである。
住民訴訟では、手続きの一つ一つの法令違反を主張する住民が増えている
従って、当然のことではあるが、手続きの遵守、添付書類の整備は重要であり、口頭での申請や許可は不可である。手続きが重複する場合であっても安易に省略できないことにも留意する必要がある。補助金申請の場合には、補助金申請の前に予算措置が講じられるので、予算措置の際に具体的な手続きを完了していることから、ついつい補助金申請手続きに必要な事項を省略しがちであるが、たとえ重複になっても行うべき手続きを省略してはならない。
また、債権管理の不備を指摘する住民が増えている。裁判所は、自治体の債権管理の懈怠について厳しい態度をとっているから、債権回収については、できることはすべてやるという姿勢が必要である。
市町村ではセクハラを原因とする賠償請求や訴訟が増加している。
男女雇用機会均等法第11条は配慮義務から措置義務へ改めている。
自治体は、セクハラ行為に対する厳しい姿勢を明確化し、相談窓口体制を整備して充実させ、セクハラ行為の事実関係を迅速かつ正確に確認し、行為者に対する懲戒処分等の措置や被害者に対する措置を適正に行うことが必要となる。
セクハラ行為の有無ではなくて、セクハラ事件発生後の対応や相談体制に問題ありとされる例が多いことに留意すべきである。また、庁舎内における行為だけではなく、懇親会や二次会の席における行為も、職場の延長とみなされることにも留意する必要がある。
セクハラ同様に、市町村に対するパワーハラスメントを理由とする賠償請求や訴訟も増加している。
厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」によるパワーハラスメントの定義は、以下のように極めて多義的概念であり、上司の部下に対する対応に限られないことになる。「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
昔と違って、部下を叱責する際にも十分な注意が必要であり、皆の前では行わず、別室で、立会人を付けて注意することなどの工夫が必要であろう。時代は変わったのである。また、セクハラ同様に相談窓口の設置についても検討する必要がある。
市町村が業者と契約を締結する際には、以下のことが問題となる。
1 自治体が建設工事を発注する場合に考えられるリスクは何か?
事故対策は万全かどうかのチェックや、いつ倒産してもおかしくないのが建設業界であることを考えれば、完成検査は極めて重要である。年度内に完成しなかった場合には、未施工部分については業者に支出してはならないのであって、繰越明許費(地方自治法213条)として処理しなければならない。そもそも、翌年春まで、業者の会社が存続している保証はないのである。
2 自治体が、看板作成、パンフレット作成を業者に発注する場合には、業者が第三者の著作権を侵害しないように注意することが必要である。契約条項について注意することや完成品のチェックを行い、絵や写真が使用されている場合には作成元からの転載許可を得ているかどうか確認する必要がある。
著作権法違反行為は刑事罰の対象となることに留意されたい。
公金着服の事案も増加している、防止策としては以下のものが挙げられる。
① 体制上
ア 公金の出し入れは複数で行う
イ 同一人に長期間、公金の処理を任せない
ウ 納品のチェックは複数で行う
② 上司による部下の把握
→多くの場合、前兆があるはず
公金着服については、刑事、民事、行政の3つの責任が発生することを日頃から職員に認識させる必要がある。まさにコンプライアンスの徹底が要求されるのである。
公金着服の事案で、親族などから被害額が全額補填された場合に、刑事告訴を行うべきかどうかという相談もよくある。刑事訴訟法第239条2項には、 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならないと規定されていることや、被害弁償しても罪が消えるわけではないこと、告訴を控えると身内のかばい合いと非難される可能性があることなどを考えて検討する必要がある。
公務員が私利私欲のために職を濫用して賄賂を受け取るなどの不正な行為をする汚職も悩ましい問題である。これまで多くの、収賄側や贈賄側の弁護を行ってきたが、不思議と公務員側は業者から賄賂の申し出があったと主張し、業者側は、公務員側から圧力を受けて仕方なしに賄賂を提供したと主張する傾向がある。汚職防止対策としては以下のものが挙げられる。
1 十分な監督によるチェック
2 特定の職員に許認可等の権限を集中させない。
→事務の透明化を図る。
3 同一ポストに長期間居させない。
4 職務についての意識向上を図る。
→業者が近寄ってくるのは個人的な魅力ではなく、職務権限であることを理解させることが必要である。この点について公務員側は誤解しがちであり、職務権限がある公務員と業者の関係ではなく、友人関係であると思い込んでしまうが、私の経験からは絶対にそんなことはないのである。
クレームは「宝の山」などと暢気に書いてある文献もあるが、たんなるクレームを超えた悪質クレーマーは、もはや「住民」の域を超えている。
悪質クレーマー対策としては、
1 相手の訴えに真摯に向き合い、内容を十分に確認して、理不尽な要求はきっぱりと断る毅然とした態度
2 組織として対応し、庁内の役割分担を明確化する
3 クレーマーとの面談は複数で行う
4 担当職員の気持ちを支え、一人で悩ませないようにする
5 暴言、暴力等に対しては警察や弁護士との連携を行うことが必要である。
ここまできたら自治体だけで処理しようなどとは考えるべきではない。
6 庁舎内における禁止行為のポスターの掲示
(違反した場合には、庁舎への立ち入りを拒み、又は庁舎からの立ち退きを求めること若しくは必要な措置をとることを命じることを明記する。)。
悪質クレーマー対応の際の具体的な注意事項は以下のとおりである。
1 場所は庁舎とする。→相手方指定の場所には行かない。面談の場所についての法律根拠はないのである。
2 録音は必ずする。一応承諾を求めるが、承諾は不要。
3 事実確認 相手方の言い分は最後まで聞き、途中で口を挟まない。
4 個人での即答や約束はしない
5 意見や評価は言わず、客観的事実を言う。
6 議論して勝とうと思わない 負けなければよい。ひたすら「忍」の一字である。常に冷静に対応すべし。
7 組織として対応していることを告げる。
(まとめ)
1 自治体における危機は、いかに努力しても必ず発生する
2 重要なのは発生後の対応である
3 説明責任を果たすために、発生の原因を追及し、再発防止に努力することが必要である
4 不祥事発生を防止するためには、個々の職員の職務に対する意識向上を図ることが必要である(コンプライアンスの徹底)。