コラム 佐々木泉顕弁護士「過払い金返還バブルの次は未払い残業代バブルか?」
テレビCMでは、大手法律事務所がさかんに過払い金返還請求を呼びかけており、過払い金返還により消費者金融事業者の疲弊が伝えられていたが、ついに株式会社武富士が会社更生法の適用を申請した。本年6月18日に改正貸金業法が完全施行されて一連の改正が完了し、上限金利も引き下げられ、一部の弁護士や司法書士らにとっての過払い金返還バブルは終焉に近づきつつあると考えるが、最近の状況をみると、「過払い金返還」の次のターゲットは、一般企業や医療機関に対する「未払い残業代」であることは間違いなさそうである。札幌でも当事務所の顧問会社や医療機関に対して、突然弁護士名による未払い残業代請求の内容証明郵便が届いたり、退職した従業員が労働組合に加入し、労働組合から未払い残業代の支払いを求める団体交渉の申し入れがなされることが多くなった。医療機関も、大きな病院だけではなく、診療所それも規模の小さい無床の診療所についても例外ではなくなってきている。これまでも残業代を巡るトラブルは存在した。ただ、従前は、従業員が労働基準監督署に相談し、労働基準監督署から連絡を受けた会社が従業員と話し合いながら、ある程度のところで妥協するという平和的解決が多かったが、最近は、労働審判や訴訟まで進展するパターンが増加している。また、これまでは退職した元従業員からの請求がほとんどであったが、最近では、現役の従業員が、それも上司や社長と事前の話し合いもなしに、いきなり内容証明郵便を送りつけてくるという事例も少なからず存在する。社員のことを家族同様に思っている中小企業の社長にとっては誠に憤懣やるかたない事態であるが、経済状況の悪化によって企業の業績好転は期待できず、終身雇用制度や年功序列制度が古き良き時代の話となり、社員間の人間関係も希薄となっている昨今では、社員もドライに「もらうべきものはもらう。」「法的にもらえるものを請求するのは当然の権利である。」と割り切って請求してくるのである。
私の経験では、労働時間管理については各事業主体によって認識や対応に差異があり、労働基準法等の関連法規に照らすと全く不備のないことのほうが珍しいのが現実である。しかも、未払い残業代請求権の消滅時効は2年間であるから、仮に毎月の金額は少なくても、2年間分となるとそれなりの金額になってしまう。加えて労働基準法114条に基づき未払い残業代と同額の「付加金」も加算されるとなると、とんでもない金額になる可能性がある。
企業及び医療機関にとっては、未払い残業代バブルの到来は決して人ごとではなく、早急に就業規則や賃金規程の記載方法を工夫するなどの未然の防止策をとらないと、残業代支払いによる疲弊を招き、武富士のような法的手続申請という最悪の事態となってしまうことを認識する必要がある。誠に厄介な時代の到来である。